クロアソン(クロワッサン)
ベッカライ ブラウベルグのショーケースに並ぶクロアソン(クロワッサン)は、青山シェフの技術と哲学を象徴する商品の一つ。
一般的には発酵バターのシートを使用することが多いが、青山シェフはブロック状のバターを木槌で叩き、薄くのばしてから生地に折り込む。修行時代に師匠から叩き込まれた手法を、今も守り続けている。
「効率的ではないですが、香りと層の立ち方が全然違う。そこは妥協できない部分です。」
気温や湿度でバターの状態は刻一刻と変化する。柔らかすぎれば層がつぶれ、固すぎれば生地が割れてしまう。わずかな温度差に対応するためには、毎日の経験と集中力が欠かせない。クロアソンは単なる売れ筋商品ではなく、職人としての姿勢を映す鏡なのだ。
青山シェフの基盤となったのは、20代で飛び込んだ有名ベーカリーでの修行経験だ。徹底的に身体に叩き込まれたのは、「パンは生き物」という感覚。
「毎日同じようにやっても、発酵の進み具合が違う。その日の気温や湿度で微妙に変わる。そこに向き合うのが職人だと教えられました。」
この経験が、現在の発酵食品としてパンを見る視点につながっている。単にレシピをなぞるのではなく、生地と会話するようにしてパンを仕上げていく――そんな姿勢は、今も青山シェフの根幹にある。
ロッゲン ブロート(ライ麦パン)
開業当初、苦労したのがライ麦パンの販売だった。
「ハード系が好きな人は一部にいますが、ほとんどの方は“酸っぱいパン”という印象を持っていて。最初はまったく手に取ってもらえませんでした」
そこで丸ごと1本ではなくスライスして1/4サイズで販売。さらに「味を知ってもらう」ため、店頭で試食を用意した。そんな工夫が少しずつ実を結び、いまでは「ここに来ればライ麦パンが買える」と言ってくれる常連客がついた。
パンは単なる“食べ物”ではなく、時間をかけて文化として地域に根づいていくもの。シェフの仕事は「つくる」だけでなく「伝える」ことでもある。
ベッカライ ブラウベルグを支えるもう一つの柱が、素材への信頼だ。その代表例がよつ葉乳業とのつながりである。
開業当初、バター不足で困っていたタイミングで、縁があり紹介してもらい、よつ葉の製品を使用するようになったという。
その後も、バターだけでなく牛乳など他の素材についても、よつ葉の製品を選び続けている。牛乳は、最初によつ葉の十勝産の牛乳を使っていたが、現在は産地限定北海道根釧よつ葉牛乳に切り替えている。カスタードにしたときの味わいが、シェフの理想により近かったからだ。
「カスタードにすると味が全然違う。コクと余韻がしっかり残ります。」
細かな素材の違いを見極め、試してみる探求心と、よつ葉乳業の牛乳に対するこだわりが、ぴたりと噛み合った結果だ。
「いい素材を使っても、製法が悪ければ台無し。素材と技術の両輪がそろって初めて美味しくなる」とシェフが語るように、カスタード、ベシャメル、生地の仕込み――店内の多くの商品によつ葉の製品とシェフの技術が生きている。
よつ葉乳業の製品は、ベッカライ ブラウベルグの歩みを共にしてきた“パートナー”でもあるのだ。
バターロール
青山さんの一日は朝4時に始まる。製造はほぼ一人で、販売は奥様とパートスタッフが支える体制だ。
「作ることが好き。焼き菓子がないと言われれば作ってしまうし、仕込みが長くなっても苦じゃない。」その背中に、店の空気が宿る。
新商品が生まれるきっかけは一つではない。旬のフルーツ、問屋の提案、SNSや洋菓子店巡りで見つけたアイデア……いろんなところにアンテナを張って、自然と形にしていく。
「よつ葉のバターで、バターの味を前面に出す焼き菓子——たとえばガレット・ブルトンヌや、バターを効かせたドーナツにも挑戦してみたい」。素材の良さをダイレクトに感じられる菓子で、パン売場の香りの幅をさらに広げる構想も話してくれた。
修行時代に培った経験、信頼できる素材との出会い、そして経営者としての判断。すべてが積み重なって、南青山の街に根ざしたパン屋「ベッカライ ブラウベルグ」がある。地域に愛される店でありながら、常に技術を磨き、未来を見据える。その姿勢はこれからも変わらず、街と人をつなぐ香りを届け続けるだろう。